渋谷における「ジャノメ坂」の位置を示したものがあります。
・・・どこも、いままでは通行者数も少なく、ほとんど店はないところです。
しかし、600メートルショップが一店できたことで、街はずれのようすが一転した例もありますし、この坂の上に若者を強力に誘引する店ができれば、変化のスピードは意外と早そうです。
とくに、駅から高速道路をくぐらなければ行けない桜丘地区には、4本ものジャノメ坂があり、その変貌が期待されます。
・・・ここには、昭和初期に建った古いアパートがたくさんあり、その再利用、再開発も可能でしょう。
さて、これまで見てきたように、小さな「わざわざ店」が若者を魅きつけている時代になってくると、大型デパートや商業ビルも変化を迫られることになります。
これまでのように一軒のデパートに立ち寄ったら、なにからなにまでその店で買い物をすませるという人は、これからますます少なくなるでしょう。
大型店も、ターゲットを絞り込み、商品を絞りこみ、専門店的になる必要があるのかもしれません。
このような傾向がさらに進んでいくと、自分の店にどうやって客を集めるかというよりも、自分達の街にどうやって客を集め、どうやって客を楽しませるか、ということに全力をかける必要がでてくるわけです。
渋谷のように若者に支持されている街は、路地の奥深くまでミニショップができており、そこにわざわざ行く客がたくさんいるということを意味しているわけです。
さて、街はずれや路地裏の以外にも、これからたくさんの「わざわざ店」ができそうな場所がにあります。
・・・それは、坂道と袋小路です。
しかも、登るのに息が切れるような急坂の上や、自動車が進入できないような狭い袋小路の奥です。
普通、急坂にはスベリ止めのためにジャノメマーク(ドーナツ)型の穴が無数に刻みつけられているものなので、そのような急坂を「ジャノメ坂」と呼んでいます。
街を歩いていて、ジャノメ坂を見つけたら、その頂上付近には近いうちに必ず「わざわざ店」ができると考えてよいでしょう。
もっとも、いまのところは、若者に注目されているようなジャノメ坂や袋小路は少ないですね。
いまだ、ラブホテルや木賃アパートが鎮座しているところばかりです。
それだけに、ここ10年の変化は、そうとう大きなものになるに違いありません。
59年の暮には、最後のラブホテル「オリエント」も廃業し、現在商業ビルに建てかえられています。
・・・もちろん、現在のスペイン通りには、濾過力も迷路力もありません。
かわって、いまでは、「パルコヶ丘」や「宇田川段丘」の路地に、若者の目が移っているようです。
また、その昔「恋文横丁」と呼ばれていた「道玄坂小径」にも、ブティックやバーの出店が続いており、若者通行量の増加が起こっています。
さて、あるグラフは、渋谷と池袋で、若者各百人ずつの街の中での動きを調査し、それをまとめたものです。
太い実線のところは通行量の多いところを示し、細い実線のところはあまり若者が入り込まない場所を示しています。
すると、池袋では駅とサンシャイン60をつなぐ道に、太い動線が描かれるものの、路地には若者はあまり入り込まないことがわかります。
その一方、渋谷は、まるで網の目のように、細い路地の中まで若者達が入り込んでいることがわかります。
客の側にとっても、自分と同じような年齢で、同じようなファッションをして、同じような雰囲気を持つ客ばかりが集まる店というのは、なかなか気分の良いもののようです。
自分のための店、という気持ちが起こるせいか、再来店率も高いようです。
また、迷路力とは、文字どおり、曲りくねった路地で客を幻惑させる効果のことです。
店をさがしてワクワク、見つけてウキウキ・・・
こんなゲームのような楽しいショッピングは、けっして大通りでは味わうことのできないものでしょう。
・・・さて、それでは、実際に渋谷の路地のようすを見てみましょう。
まず、渋谷の路地の横綱は、なんといっても「スペイン通り」です。
この道は20年ほど前までは、たいした客もなく、ラブホテルや町医者がポツポツと並ぶ寂しい小径だったのです。
ところが、手づくり雑貨の店や小さな喫茶店ができ始めると、若者が入り込み始め、16~7年前には、その道の濾過性と迷路性を楽しむ人が群れるようになりました。
その後、大型商業ビルが建つようになり、一挙に大商店街となったのです。